永遠に夢見る子どもたち

歳はとっても気持ちは子どものような私が、 子どものようなに元気いっぱい走り回るうさぎのムーヴと、 ついに産まれてきた流星のことを、 大好きなギャグを交えながら、 日記も含めて作ったブログです。

天国でお幸せに…。

前回の日記で載せた教え子の娘さんの安否確認の情報。
みなさんに心配していただき本当にありがとうございました。

今日、教え子からメールが来て、昨日、遺体で見つかったとの連絡を受けました。
津波にのまれて、亡くなっていたにもかかわらず、お義母さんとともに、綺麗な状態で発見されたとのことでした。
教え子は「たくさんの方に美結のことを心配していただいて美結は幸せものでした。」とのことでした。

叶うなら無事でいてほしかったけれど、パパとママにもう一度出会うことができたことがせめてもの救いなのかなと思っています。
美結ちゃんとお義母さんの分までパパとママには長生きしてほしいです。

美結ちゃん、天国でおばあちゃんと一緒に幸せに暮らしてね。
そして、いつまでもパパとママを見守っていてね。

美結ちゃんと美結ちゃんのおばあちゃんのご冥福を心よりお祈り申し上げます…。
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無事でいて…。

地震のあった前日に教え子からのメール。
そんな中でわかった流星と同い年のお子さんがいたこと。
2歳児の子供トークをいっぱいしようと思って楽しみにしていました。

でも、その子の娘さんが今回の地震の時に荒浜にいて、津波に巻き込まれてしまったことを地震のあとに知りました。

残念ながら一緒にいた教え子のお義母さんは20日、グランディで無言の対面をされたそうです。
もし、病院や避難所で下記に該当する情報があれば教えてください。

大久保 美結(みゆ)ちゃん
2歳。ピンクのジャンパー、トレーナー、ベージュのズボン。
身長85㎝、背中の腰部分に1cm程度の手術跡。髪型は肩より少し長め。

美結ちゃん、どうか無事でいて…。
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生きています

初めに、ご心配いただいた方々本当にありがとうございます。
家族みんな生きています。
そして無事です。

長文になります。


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3月11日
流星の病院の定期健診のため、そして、この日はムーヴ姫の5歳の誕生日のため、有給休暇をもらっていました。
そしたら、この日に流星が鼻水をがっつりたらしていたので、午前中は違う病院へ。
午後から八木山の日赤へ。
流星の名前が呼ばれて、診察室に行き、先生に診てもらうため、すっぽんぽんになったタイミングであの地震がきました。
急にきたあの地震。すごい横揺れに、パソコンは倒れ、立っていた自分も立って入れなくなって流星や嫁さんを抱え込んでその時をすごしました。
一向にやまない地震(3分~5分)に電気は消え、診察を中止し、診療室をあとにし、廊下へ。廊下では震度7のワンセグの情報。その現実を受け入れられませんでした。
先生や看護婦さんが走り回り、懸命に外来の患者さんたちを非常口へ案内していました。自分たちも誘導されるままに外に出て、家でお留守番をしているムーヴ姫が心配で、帰路につきました。
そこで初めての経験をしました。信号がすべて消えているんです。なおさら心配で家に急ぎ、ドアを開けるとキッチンの引き出しがすべて開いており中身が飛び出ていて、すごいことに。姫がいなくて、和室に行くと、のほほんとしているムーヴ姫がいました。一安心です。
姫の無事を確認し、そのまま実家に行ってみると実家の屋根瓦が見事に崩れていて、外で母を発見。
その日はじいちゃんとばあちゃんはデイサービスに行っていたので、その帰りを待って、我が家に避難しました。
自宅に着いた頃に弟が自宅を訪れ無事を確認しました。
電気もガスも止まっていたため、ラジオで地震の情報を確認していたところ、嫁さんの携帯にお義父さんからの電話が「ナオ(義弟)は大丈夫みたいだけど、sakuraは大丈夫か?津波は大丈夫か?」との電話。
「津波?」と思っていたら、お義父さんたちは津波の中を車で飛ばして逃げてきたようで、家がのみこまれたとの電話。その現実に絶句しました。だからこそ、無事でいてくれたことがよかったです…。

3月12日
仕事のため、出勤。
ただ、もちろん電車は動いていないので、実家からママチャリを借りて、職場へ。
行く途中、道路のいたるところが陥没。地震の大きさを改めて思い知らされました。
職場へは半分ぐらいの人が出勤。車、チャリ、徒歩など、いろいろな交通手段で職場へ行ったですが、職場では電気、ガス、水道、すべてが止まっているため、貯水タンクで近隣住民への水の配給の指示。1時間で数人の人たちが水をもらいにきました。
職場の帰りにあいていた地元の商店でゼリーを購入。
さらに違う商店で缶詰を購入。
帰りに実家によって、屋根瓦が落ちていた部分へお向かいさんに手伝ってもらってビニールシートをかけました。

3月13日
地元のスーパーで2時間待って、10点の商品を購入。
実家では練炭があったので、それを使ってお米をたいたり、料理をしたりして、食事をとりました。

3月14日
この日も出勤。
電気がつながっていたので地震の日以来に携帯に電源が入りました。
そしたら、友人や卒業生、親戚のみんなからのメール。すごい励まされました。
水の配給のお手伝いや電話対応し、「明日以降は晴れたら出勤します」と言って、帰宅途中にムーヴ姫の食料を買って、帰路につきました。
義弟の携帯へ無事の留守電を入れて、安否の報告。その後、何度か義弟から電話がきたが、電波が悪く、「もしもし」だけ言って何度も切れてしまいました。

3月15日
朝方、義弟から電話。sakuraと義弟がやっと話すことができました。その中で、両親の避難場所を親戚から聞いた情報で確認しました。
出勤していたら、途中で霧雨。
戻って、週末に行こうと思っていた、心配になっていたsakuraの実家へ出発しました。
道路は超すいていたけれど、利府街道に入ると一気にガソリンスタンドへ並ぶ長蛇の列。その渋滞を抜け、遠回りをして矢本に入ると、聞いていた避難所には両親の姿はなく、親戚の家で情報の再確認。
最初の避難所のすぐそばの別の施設で車を発見。
施設の中で義母と義叔母の姿を発見。義母の「あら~、流星ちゃん。」の声に、その姿を見て、ひと安心。疲れきった姿をしていたけれど、無事でいてくれることに安心しました。
義父を探しに外に出てみると、一緒に助かったクロ(実家で買っているワンちゃん)のお散歩中だったようでちょうど帰ってきたところに会うことができました。
義父も突然目の前に現れたsakuraや流星の姿を見て、すごい喜んでくれました。避難所に戻って、地震のあった日の話をいっぱい聞いて話して、その場を後にしました。
義理の父もうちの車もガソリンがもうないため、ガソリンが普通に買えるようになるまで、次の会うのは我慢することとなりました。
帰りに少しでもガソリンを抑えようといつも帰っている道がどこまで帰れるかと思って行ってみたら、地下トンネルは地上部分まで泥水や瓦礫がいっぱい。矢本から鳴瀬の45号沿いは今まで生きてきた33年の中で一番悲惨が現状を目のあたりにしました。線路や道路に車や瓦礫がのりいれ、片側一車線の道路もどちらかはそれらのもので行く手を阻み、あたりの畑や田んぼは泥水や瓦礫でいっぱい。家は水没し、傾き、今まで見てきた景色がそこにはありませんでした…。
この日も寝ようとラジオを聴いていたところ、となりの家から明かりがもれてきたため、電気をつけてみるとなんとつくではないですか。
sakuraと一緒に携帯を充電しながら、バンバンメールをしまくりました。
そんな中、嫁さんの親友からの電話。もの静かなイメージの嫁さんの親友ですが、となりにいてもわかるくらい大きな声で嫁さんの無事を喜ぶ声に、そして、その言葉に泣いて喜ぶ嫁さんの姿にすごい感激しました。
あらためて、生きていたことに、そして、心配してくれた皆様に感謝です。

心配してくれた皆様、あらためてご心配をおかけいたしました。
家族みんな生きています。
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ワッフル

職場の先輩のツカサンタさんからもらったドナルドのぬいぐるみ。
最近は大の仲良し。眠るときには一緒に眠っています。
この寝顔、超かわいいんですけど。

【流星とドナルド】
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ただ、ドナルドじゃなくて、なぜかワッフルって言うんですけど…。
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